♪今日も誰かの誕生日♪
ということで、今日は亡母の誕生日!
生きていたら82歳になる。
病気をする前の新子さんは、「おばあさん」という言葉は
似つかわしくなく、もちろん皺など歳相応の衰えはあった
けど、雰囲気が「おばあさん」らしくなかった。
どんなおばあさんになるのだろうかと楽しみだった。
頭がシャキッとしていたから、老人には思えなかったのだ
ろうか。でも、寄る年波で、人の名前が覚えられないと
こぼしていたことがあった。
そんな時には、何かに引っ付けて覚えると教えてくれた。
例えば武田さんは「信玄餅の武田さん」、北野さんだったら
「異人館の北野さん」などなど。
その方が、覚えることが増えて大変と思うのだが。
あだ名を付けるのが得意だった亡母にはうってつけの方法
だったのだろう。
最近、物忘れが多くなってきて亡母にボケない方法をちゃん
と教授してもらっておけばよかったと思うことしばしば。
亡母は78歳のまま私の中に留まっているが、思い出すのは
30代の母。
父兄会などで「時実さんのお母さん若くてきれいやね」と
言われていた頃。自慢の母だった。
生きていたら82歳になる。
病気をする前の新子さんは、「おばあさん」という言葉は
似つかわしくなく、もちろん皺など歳相応の衰えはあった
けど、雰囲気が「おばあさん」らしくなかった。
どんなおばあさんになるのだろうかと楽しみだった。
頭がシャキッとしていたから、老人には思えなかったのだ
ろうか。でも、寄る年波で、人の名前が覚えられないと
こぼしていたことがあった。
そんな時には、何かに引っ付けて覚えると教えてくれた。
例えば武田さんは「信玄餅の武田さん」、北野さんだったら
「異人館の北野さん」などなど。
その方が、覚えることが増えて大変と思うのだが。
あだ名を付けるのが得意だった亡母にはうってつけの方法
だったのだろう。
最近、物忘れが多くなってきて亡母にボケない方法をちゃん
と教授してもらっておけばよかったと思うことしばしば。
亡母は78歳のまま私の中に留まっているが、思い出すのは
30代の母。
父兄会などで「時実さんのお母さん若くてきれいやね」と
言われていた頃。自慢の母だった。
- 2011.01.23 Sunday
- 思い出
- 16:29
- -
- -
- -
- by 「時実新子の川柳大学」管理人