弱い目
最近、頓に目がかすんできた。
母も眼は弱かったから、確かなDNA。
母は、54歳頃にもう目が見えなくなると大騒ぎしたことがあった。
それで、見えない眼を酷使して『新子百句』なる手書きの句集を
作った。和紙に一枚一句母の字で書いてある。
当時確か一冊5万円の限定予約販売。「アンタとこは夫婦で一冊
なんて言わんで、一人一冊ずつ買うてね」とちゃっかり請求された。
「高いなぁ」とその時は思ったが、今となっては宝物である。私は、
身びいきになるが、母の字が大好きである。お習字の基本を習った
わけではないのに……心があるのかな。
後年母が入退院を繰り返していた頃、白内障の手術をすることにな
った。怖がりなので、かなりの決心をしてのことだった。
それが、手術2〜3日前から熱が出て手術は見合わそうということに
なったのだが、その時母は、先生にどうしても手術をしてほしいと、
泣きながら懇願したそうな。
先生は「子供でも遠足の時に熱が出たら遠足あきらめるでしょう」と。
母は「私は、行きます!」と食い下がり、熱も少し下がってきたので
片目のみ実行。
数日後にもう片方をという時に今度は、「もうけっこうです」と頑とし
て手術を拒んだ。すっきり世の中を見渡して死にたいと言っていた
のに。理由は「しんどいから」としか言わなかったが、母の心境の
変化には何があったのだろう。
私も、世の中をすっきり見たいと毎日思うのだけれど、手術はできな
いと言われている。
「お母さんもこんな感じでボヤーッと見てたのかな」と思うことが最近
多くなってきた。
母も眼は弱かったから、確かなDNA。
母は、54歳頃にもう目が見えなくなると大騒ぎしたことがあった。
それで、見えない眼を酷使して『新子百句』なる手書きの句集を
作った。和紙に一枚一句母の字で書いてある。
当時確か一冊5万円の限定予約販売。「アンタとこは夫婦で一冊
なんて言わんで、一人一冊ずつ買うてね」とちゃっかり請求された。
「高いなぁ」とその時は思ったが、今となっては宝物である。私は、
身びいきになるが、母の字が大好きである。お習字の基本を習った
わけではないのに……心があるのかな。
後年母が入退院を繰り返していた頃、白内障の手術をすることにな
った。怖がりなので、かなりの決心をしてのことだった。
それが、手術2〜3日前から熱が出て手術は見合わそうということに
なったのだが、その時母は、先生にどうしても手術をしてほしいと、
泣きながら懇願したそうな。
先生は「子供でも遠足の時に熱が出たら遠足あきらめるでしょう」と。
母は「私は、行きます!」と食い下がり、熱も少し下がってきたので
片目のみ実行。
数日後にもう片方をという時に今度は、「もうけっこうです」と頑とし
て手術を拒んだ。すっきり世の中を見渡して死にたいと言っていた
のに。理由は「しんどいから」としか言わなかったが、母の心境の
変化には何があったのだろう。
私も、世の中をすっきり見たいと毎日思うのだけれど、手術はできな
いと言われている。
「お母さんもこんな感じでボヤーッと見てたのかな」と思うことが最近
多くなってきた。
- 2008.05.28 Wednesday
- 川柳
- 21:16
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- by 「時実新子の川柳大学」管理人