珈琲タイム

ニュース

今日の読売新聞「編集手帳」に『時実新子のだから川柳』の中の
句が紹介してある。
 <何かあったか子の口笛の淋しい日> 大西俊和さんの句だ。
家族の絆について書いてある。
絆が弱くなっている昨今、口笛で子供の心の変調を聞くということ
も無くなってきている。
世のお父さんお母さんにもこの句を読んでもらい、耳をすませて
みてほしい。こういう句に出合うと、川柳っていいなぁと思う。

この句への新子のエッセー(『時実新子のだから川柳』より)
 親なればこそ聞きわける耳である。わざと陽気な口笛に隠しきれ
 ない何かがある。彼も青春の苦い果実を食ったんだな……。
 そうやって大人になるんだ。父親の身にも覚えのユーモレスク。

月の子会(2)

月の子会に差し入れがあった。
春の山菜オンパレード。蕗の薹・土筆・ユリの花・イタドリ・筍。
それに筍ご飯にデザートのケーキまで。
母生前からとってもお世話になっている、元川柳大学仲間の
ご夫婦からのプレゼント。すべて奥様の手作りである。
「○○さん、貸してほしい〜」「どうぞお貸ししますよ」とご主人。
私の大好物の土筆なんて、一本ずつ袴を取って煮ると嵩がドン
と減るし、イタドリも下ごしらえが大変そうだ。
筍ご飯には、ホタテも入っていて今までのどの筍ご飯より美味
しい! 奥様には申し訳ないが、一年に数回こんなサプライズ
があるとうれしいなぁ。

ふっと、母と祖母を思い出した。祖母には春休みに土筆取りに
連れってもらい、土筆の袴取りをやらされた。
その頃子供であまり美味しいとは思わなかったので面倒と思い
ながら指先を茶色にしながら、しぶしぶの手伝いだった。
母とは、蓬を取りに行って蓬餅を作ってもらった。餡子はつぶ餡で。
私は、春になると決まって草餅を買ってしまうが、蓬のつぶ餡を
探すのは難しい。母の味は見つからない。

月の子会(1)

今日は「月の子会」の句会だった。
HPを見てという、新しい参加者をお迎えした。私以外はベテラン
揃いのメンバーなので、初心者の方が気後れされるのではと、
心配していたが、みんな優しくリードして和気藹々と進んでいき
楽しい一日になった。
後輩ができて、私も少し先輩面ができるとの喜びもつかの間、
コレばっかりは、年数だけではない、感性が一番なのだからと
気付く。最近絶不調の「こりんさん」は、浮かび上がれるのか。

時実新子は言っている。
 ★すべてが「私のために」存在してくれているのだ、ありがとう
 という見方、自己中心といってもよい物の見方こそが、川柳の
 目です。
 ★自分の中に自分という他人が増えるのは愉しい。

お気に入り

先日神戸でお墓参りを済ませた後、義妹が「お母さんのお気に
入りのカフェに行ってみたい」と言うので、久しぶりに行ってみた。
このカフェは、神戸大丸の一階のオープンカフェ。
母は、くじゃくサロン(大丸のカルチャースクール)が終わるとここ
で一服してそれから帰路についたそうだ。生前二度ほど連れて
きてもらった。注文するのは決まって「カプチーノ」。
で、私たちもその「カプチーノ」を注文。


これは、弟に運ばれたカップ。義妹はローズマリーかな?私は
ハートだった。皆それぞれちがった絵が描いてある。
弟は二日後が誕生日で、なんと兎年。調子のいい弟は、店の
女の子に「僕が兎年ってなんで分かったんですか」なんて話し
かけている。「それはパテシェが……」との返事。
偶然に違いないのだが、そこに母が居るような気がした。

結婚記念日

4月20日はン十周年の結婚記念日だった。
数年前から、取り立てて特別な日とはしなくなった。
「今日は結婚記念日ですぞ〜」「そうやったかいなぁ」の会話で
今年も終わった。
でもなんだかんだ言っても今までは一応同じ場所で迎えたが、
今回は、別々私一人で神戸で母の墓前に報告ということに。

あの時、母は若かったなぁ。もちろん私も。母40歳、私21歳。
京都の八坂神社での挙式。
新婚時代、よく喧嘩して母を呼び出した。
定かではないが後に誰からか聞いた話で八坂さんは、闘争の
神様らしく、「そらしゃぁないな」と家族で笑い話になったことを
思い出す。

 その頃の母の句がある。
  お嬢さんをくださいと言う何を言う   
  母親の胸にツンツン何の芽か     
  言っておくことあり母子の散歩道  

私も弟も、デートの様子を逐一母に話していたような気がする。
またこれが、母特有の話術(?)で気がついたら何もかもしゃべ
ってしまっているという有様。
弟に「アンタ、今日彼女とどこまでいったん?」など両方の意味
に取れる質問をしてくるのだ。
延々、夜明けまで恋愛論を戦わした頃が懐かしい。

 

句会報

先月の「月の子忌句会」会報がやっと完成した。
1ヵ月もかかってしまい、皆さんお待ちかねだったろうなと思う。
表紙は、イラストレーターの井上リエさんにお願いして、すてきな
絵を分けていただいた。
改めて、入選句を見てみる。
川柳大学の元会員のベテラン選者さんが選んだ句が見開きで
並ぶ。今回は、特選を含め35句の入選。
400句近い数の中から、35句を限られた時間内に選ぶという
作業、ほんとに大変だと思う。入選した句の並べ方も考えないと
いけないという新子の教えがある。
見開きの頁が一つの絵になって読む者の心に飛び込んでくる。

母が、句集の選を頼まれた時に言っていた言葉を思い出す。
個性の強い句ばかり集めてもダメ、一句を引き立てるために、
死んでもらう句があると。
これは、一冊の句集という物語だから言えることで、句会では
そうはいかないだろう。

 入選句の中で私は、
  <いっぱいいっぱい雨に質問する新芽> 芳賀博子
  <歩きたい空をくすぐるようにして> 徳永政二
 のお二人の句が印象に残っている。

 

童謡


童謡のCDをいただいた。タイトルは『ともだち・雪の手紙』。
ふだんあまり耳にしないのと、ジャズや中島みゆきばかり聞い
ているので、ちょっと気恥ずかしく、でもとても新鮮だった。
このCDの作曲者が川柳仲間の元川柳大学会員だった、
小林康浩氏。多才な方である。
若い頃NHKの「あなたのメロディ」でも入選されたらしい。
私は、音痴で音符が読めないときているので、楽器が弾けて
その上、曲作りまでできるとなると、尊敬の一語につきる。
もし、聞いてみたいという方がいらしたら、下記へ連絡してみて
ほしい。小林康浩氏 FAX:06−6369−1921
又はメールabok-78214@sutv.zaq.ne.jp

童謡というと、母とその頃CMで流れていた、♪みどりのそよ
か〜ぜ いい日だな〜蝶々もひらひら♪を声を合わせて唄った
ことを思い出す。全部は覚えてなかったので、同じところばかり
繰り返して、いつになっても終わらない曲だった。
大きな声で唄い終えると、なんか心が軽くなり、やさしくなれた
ような気がする。何て曲名なんだろう。

「誰かいませんか」

ソフトバンク文庫から母の句掲載本が届いた。


『誰かいませんか』写真/坂東寛司 選・文/青嶋ひろの
可愛い猫の写真に句(五七五の言葉)が添えてある。
母の句は<もいちどさくらもいちどさくらそれはむり> 
頁をめくると、<逢いたいと書けばしたたりおちる青>倉富洋子
        <祈らねば獣語を放つかも知れず>  大西泰世
のお二人の句があった。このお二人は、母生前かなり深い、
関わりがあった方たちである(私が勝手にそう見ていたかも)。
たくさんある川柳の中から、この三人の句を選ばれた、青嶋さん
にも驚きだ。寺山修司や山頭火の句もある。

ほとんどが俳句なので、無理もないと思うが出版社担当の女性
が、「時実さんの俳句、俳句」と言うので、たまりかねて「時実新
子の句は川柳です」と何度も言った。私がこんなところで、ムキに
ならなくてもいいのだが……。

思い出宅配便

今日の東京は、春の台風。雨風が強く電車も止まった所がある。
そんな中、関西からの客人と昼食!
母との思い出話に花が咲く。
月一のカルチャーが終わった後に、数人と昼食をとるのが、恒例
となっていて、「ここだけの話」に盛り上がったそうな。
信頼できる人だけの集まりだったようで「ここだけの話」は他言無
用。そこは母のストレス解消の場だったのかもしれない。
レストランで母は必ず光を背に座って、どんなに外の景色が良く
ても「ええの、私は景色より人間が好き」と譲らなかったらしい。
実は、これには別の意味もあり「デイトのとき、太陽があたる方向
に座りなさんなよ。毛穴もシミも丸見えになるから」と助言してくれ
ていた。逆光のほうが暗くて美しく見えないと思うけどと思いつつ
母の言葉を思い出し、私も光を背に受けて座っていた……かな? 
母のナイショの裏技である。

時々涙を交えながら、あれこれ私の知らないところでの母の話を
聞かせてもらった、貴重な時間だった。
母が関わった人、それぞれに「時実新子」との思い出がある。
いつまでも忘れないでほしいと願う。

川柳作家?

ネットをウロウロしていたら、「川柳作家に100の質問」という
のがあった。http://www.h3.dion.ne.jp/~glass/page015.html
おもしろそうなので、一応100までの質問は読んだ。
始めの10問くらいはやさしいけど、読み進むにつれとてもじゃ
ないが、私は川柳作家ではないと思った(当たり前だけど)。

時実新子によると、5年目くらいで作家という「家」がつく人と
作者という「者」のまま趣味で終わる人との分かれ道がある
といわれていると。
「作家」というのは、無から有を産むプロ意識のある、創作者
――「作る」人になるということ。川柳も文芸の一つ、創作です。
自分の経験や日常から突き抜けて、句に「作る(フィクション)」
が出てきたら、私も作家になったと自覚してください。と言って
いた。

ある雑誌のインタビューを受け、ゲラに私の肩書きが「川柳
作家」となっていて、びっくりしてさっそくはずしてもらった。
川柳はボチボチやってはいるが、かと言って、そこに川柳人や
川柳作者と入れるのもヘンテコだ。
そもそも、肩書きは自分でつけるもんではないのでは?と
思うが、どうしても必要になる時がある。
私にも大きな声で「川柳作家です」と言える日がくるだろうか。

 私の一句は今日生まれるのだ!そう思って起床する

母の言葉だが、まずはそこからのスタートだ!

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プロフィール


芳賀博子
「時実新子の川柳大学」元会員。
初代管理人・望月こりんさんより引き継ぎ、2014年2月より担当。
ゆに代表。
https://uni575.com

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